日本の外交(対北朝鮮・対中国)

本日7月7日は日本の七夕である。今回は七夕の記事を書こうとおもったのであるが、最近の北朝鮮のミサイル発射問題もあり、そちらの関連の記事を書いてみたい。
本日、日本の有名な討論番組『朝まで生テレビ』を見ていた。
今回のテーマは『激論!北朝鮮ミサイル発射と日本』であり実にタイムリーな話題となった。
その中で興味深い事実も公表された。日本人拉致事件に関して、拉致認定者の全員帰国は実現できたようだが、北朝鮮には尚、特定失踪者と呼ばれる人たちがいて、北朝鮮当局者の話として「何人日本に返せば、日朝国交正常化が実現できるのか?」との打診があったそうだ。もちろん日本政府としては「拉致させた人全員の帰還が条件であることは間違いないが、北朝鮮の当局者も「特殊機関の起こした事件であり、拉致された人数の特定は困難とのことであるらしい。
これは拉致事件の成功した事例だけを上層部に報告しているので、拉致に失敗した場合や途中で死亡したケースは上層部に報告しない場合があるからだ。
それと、もうひとつ今回の北朝鮮によりミサイル発射問題は、日中・日韓関係も好転させる良い結果となるだろうと指摘されている。日韓関係は相変わらず何の進展もないが、日中関係は水面下で関係改善の交渉が始まっているようだ。
小泉政権発足と同時に小泉首相の靖国神社参拝問題で、わが国と中国の首脳外交が中断したままとなっている。この件に関しても胡耀邦も靖国参拝には必ずしも異議を唱えてはいなかったそうであるが、「胡耀邦は金で国を売るつもりか」の批判を浴びて、公式に日本に異議を唱えたらしい。
さらに胡錦涛主席もこの流れで日本批判を展開したが、昨年の反日デモによる中国の体制批判に発展しかねない状況に驚き、現在は靖国問題を公式に発言するのを回避している状況らしい。中国政府としては「日中友好をさらに発展させたいと望んでいるのに、どうして日本人は靖国問題を妥協してくれないのか。」といった考えが体勢らしい。
北朝鮮の問題が長期間改善させない問題であるが、これを転機に日中・日韓関係が好転することを祈るものである。
参考までに王毅駐日大使が2005年11月4日に日本の防衛大学にて演説した内容を記しておきたい。王大使は日本語が堪能で、これまで外務次官として北朝鮮の核問題に関する6カ国協議の議長などを務めた中国外務省の若手エース。
外務省に28歳で入省して以来、アジア局長、外務次官など、すべての役職に「最年少」という枕ことばがついてきた。
日中関係のギクシャクが続く中、駐日大使にも歴代最年少で就任。外務省きって
の「日本通」に、両国からの期待は高まる。「圧力は大きいが仕事には常に伴うも
の。それがなければ仕事もできない」と言い切る。
私が見るところ王毅駐日大使とはなかなかの切れ者であり、このような人が中国指導者に早くなって欲しいものである。
[演説内容]

 中日両国は一衣帯水の隣国であり、両国が善隣友好を行わない理由はない。中日関係は協力に立脚すべきである。

 中日両国の協力の余地は幅広い。二国間においては、経済の相互補完性が競合性をはるかに上回る。地域においては、中日両国はともにアジアの大国であり、国内総生産(GDP)は東アジア全体の83%を占め、人口は70%を占める。東アジア協力の加速、東アジア共同体のスムーズな構築といった目標の成否は、中日両国の政策いかんによる部分が大きい。国際の場では、中日両国とも多数の国際機関の重要メンバーである。国連ミレニアム開発目標の実現、気候変化、伝染病対策、アフリカの発展、石油価格と為替レートの安定、軍縮、中東の和平プロセス、文明対話などの問題において、中日両国には共通の利益が多く、意思疎通と協調を強化する必要がある。

 だが不幸なことに、両国の協力は現在、重大な障害に直面している。問題の原因は靖国神社であり、問題の焦点はA級戦犯だ。

 靖国神社に祭られている14人のA級戦犯は、当時の日本軍国主義の対外侵略戦争の発動者および指揮者であり、このうち多くが過去に中国を侵略した旧日本軍で要職に就いていた。中国は、当時の侵略戦争の最大の被害者であり、3500万人の死傷という巨大な代償を支払い、ほとんどの家庭が不幸な経験を持っている。

 中国は、歴史認識における日本との完全な一致を期待しているのではないが、過去を終わらせて前を見るためには、フランス・ドイツ間のように、いくつかの基本的問題について共通認識を得る必要がある。つまり、戦争の性質と責任、そして政府の立場についてである。中日国交正常化から33年間、双方のたゆまぬ努力によって、上述の共通認識は徐々に形成されつつある。だが遺憾なのは、日本首相がA級戦犯を祭った靖国神社を繰り返し参拝したため、歴史問題が再び突出してきたことだ。

 中国の立場は一貫している。われわれはかねてから、戦争責任は少数の軍国主義者が負うべきであり、日本の国民も被害者であることを主張してきた。この立場から、中国は日本への賠償請求を放棄し、日本との国交正常化を実現した。同様にこの立場から、われわれは、軍国主義の象徴であるA級戦犯を祭った靖国神社を日本の指導者が参拝することにこれまでずっと反対している。一般市民が靖国神社に行くことに異議はなく、B級、C級戦犯を外交問題にするつもりもない。中国の要求は決して行き過ぎたものではなく、つまり1985年の中曽根内閣以降の日本の歴代内閣のやり方に戻ってほしいということだ。もし独断専行して参拝を続け、侵略に理があると吹聴する「靖国史観」を認めるに等しい姿勢を取り、戦争の性質と責任について日本政府が表明した立場をうやむやにし、中日関係の政治的基礎を損ねるならば、日本自身のイメージと利益も損なわれるだろう。

 中日両国の国民はいずれも信義を重んじる。漢字の「信」は、「人」と「言」の2部分に分けることができる。すなわち、信とは「人の言葉」である。つまり論語にいう「朋友と交わるに言いて信あり」(友人との交流において、言ったことは必ず守る)、「人は信なくば立たず、国は信なくば寧(やす)んじず」ということだ。これはわれわれの共通の価値観だ。中日国交正常化に当たり、周恩来総理(当時)が提起した「言必信、行必果(有言実行と行動の貫徹)」という言葉と、日本の田中角栄首相(当時)が答えた「信は万事の本」という言葉は、どちらも相互信任、言行一致が中日関係の健全な発展にとって極めて重要であることを十分に示している。

 今日、われわれは両国の先代の指導者の約束を再び温めなおし、33年前の中日関係の原点に戻り、中日関係ができる限り早く健全な発展の道を歩めるようともに努力するべきだ。

 
【参考文献】
 『朝まで生テレビ』

 

司 会:田原総一郎
出 演:陳 健(駐日中国大使)

田原 陳健大使、よろしくお願いします。じつは中国の大使が生で外国のテレビに出演するということは世界で初めての出来事なんです。しかも今日は、昨日の台湾の総統選挙で、いわば中国が一番嫌っている陳水扁さんが当選したという、言ってみれば、 非常に出にくい時期に、敢えて世界で初めての生出演と。そういう意味ではどうで しょう、陳健さん、中国が変わったということですか。

陳健 対談に出て、まず最初にそういうことを聞かれるとは思ってもみませんでし た。私も、より開放的な態度でお話に参加していきたいと思っています。

    <中略>

反省とお詫びの要求に…… 中国に親しみを感じない日本人

田原 じつはこんな表がありまして、日本の世論調査なんですけれども、中国に対して親しみを持つか持たないかです。「親しみを感じる」というのが、じつは82年からだんだん落ちているんですね。これは日本人ですが、「親しみを感じない」というのが増えている。私は日中は非常に友好を深めなければいけないと思う。仲良くしなければいけないと思うんですが、現実的には日本人の中で中国に親しみを感じないというのが増えているんです。これはどうお考えになりますか。

陳健 私もそれには気づいておりました、こういう現象には。同時に中国の国内の若者で日本に好感を持っている人も減っているんですよね。つまりそういった状況に双方の指導者も注意すべきだと思います。なぜかと言いますと、中国の方から見ます と、われわれの若者の日本に対する好感が減っている理由はひとつです。日本の国内にしょっちゅう対中侵略の歴史を否定する人物が出てくる。それが感情を損ねているわけです。日本について言えば中国に対して好感を持つ人が減っている。まあ、いろ いろな要因があるでしょう。私が思うに、中国に対する理解が十分でないということもその主要な原因のひとつではないかと思うんですけれども、私の主張としては人為的な交流を増やすことが必要だと思います。

田原 日本人で中国に対する親しみがどんどん減っているのは、一番大きい理由は中国の、江沢民さんはじめ、首脳が日本にやってくると、あるいは日本の政治の幹部たちが中国へ行くと、必ずその前の戦争についてお詫びをしろ、謝罪をしろと、こう中国がおっしゃる。もちろん日本人は日中戦争について、あるいは満州事変について も、その後についても、非常に中国に対して悪いことをしたなと責任は感じています が、戦後50年経って、それでも謝罪しろ、謝罪しろと言われると、もういいじゃない かと、わかっているんだからと、ちょっとあまりしつこいようでいやだなという気持ちがあるんですが、これはどうですか。

陳健 われわれの考えでは、日本の人々には中国の人々の気持ちを理解してもらいたいので、被害者の気持ちを理解してもらいたいのです。彼らの考え、気持ちがどうかということです。ひとつの例を挙げましょう。例えば第二次大戦において、広島、長崎はアメリカの原爆の爆撃を受けました。日本の人々は今でもそのことをはっきり覚 えていますね。毎年、その集会をするわけです。そしてその原爆の被害について語り合っているわけです。1995年に広島の切手、つまり原爆に関する切手が出た。これが 第二次大戦を早く終わらせたということがありましたね。日本政府との交渉の結果アメリカはそれを出すのを辞めたわけです。ですから、日本の人々は同じようなことで 中国の人々の気持ちを理解してもらいたいと思うんです。

日中友好の障壁とは?

田原 わかります。わかりますが、日本人は例えばクリントンをはじめ、アメリカの大統領が日本に来るとき、来たときに原爆のことで謝れということは言いません。謝罪をもう求めない。悪いとは思っていますがね。謝れとは改めて言いません。しかし中国はこのリーダーの人たちが日本に来ると必ず、あるいは日本のリーダーが行ったら、必ず謝罪しろとおっしゃる。ここが違うんです。日本はもうそれは悪い。アメリカのやったことはけしからんと思っていますけれども、もういつまでもそれを謝れ、 謝れとは言わないんです。ここが違う。

陳健 歴史というのは客観的なものです。変えることもできません。双方がコンセンサスを持つことによってのみ、歴史の障害を乗り越えることができると思うんです。 そして、両国の人々の新しいほんとうの相互理解、和解ができるんだと思います。そういうふうにしたいと思っています。

田原 ひとつ聞きたいんですが、朱鎔基首相がもしも今度日本に来られると、やはり謝罪を日本に向かって要求されますか。

陳健 いま二つ申し上げられます。ひとつは江沢民国家主席が日本を訪問したとき、 当時、中国では国の最高指導者の20世紀における最初で最後の訪問だったわけです。 ですから両国の歴史について、その認識について希望を述べたわけです。小渕首相が中国を訪問した時に、朱鎔基首相が会いました。その時には歴史問題は提起していません。

田原 今度は朱鎔基首相が来られても、もう求めないんですね。

陳健  将来どうかという予測は申し上げられませんが、江主席が訪問したときは特殊な歴史的な状況でした。中国の最高指導者の初めての訪問だったものですから、両国において歴史のコンセンサスが得られるようにということで、申し上げたわけです。

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