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値切り上手の中国人?
中国人は中華料理しか食べないの?
四川料理というと辛いというイメージがある。坦々面、麻婆豆腐、火鍋などが有名だが、これらは確かに辛い。そのほかにも辛いものは多い。普通の日本人には受け付けられないような辛さのものも珍しくない。ただし四川省の料理の全てが辛いというわけではない。辛くないものもたくさんある。基本的に中華料理は美味しいし、日本人の口にあうと思う。成都に仕事、または留学で長期滞在することになった日本人はまず最初は食べ物がおいしいと感じることであろう。麺類、肉、ご飯料理、鍋、野菜料理、豆腐料理、とにかく何を食べても美味しい。辛いのが苦手な人でも一応何とかなるかもしれない。タイ料理やインドネシア料理と違って全てが辛いというわけではない。成都には高級料理から小さい食堂に至るまで食べるところはくさるほどあって食の天国と最初は思うかもしれない。
しかし、それもほんのつかのま、成都に長期滞在することになった日本人は期間の差こそあれ、ほぼ例外なくここの食べ物に頭を悩ますことになるに違いない。「さっきここの食べ物はおいしいと言ったじゃないか」とあなたは考えるかもしれない。しかしそれはやはりつかのまである。人によって程度の差があるだろう。とにかく海外旅行に行ったときに1週間もしないうちに「味噌汁が飲みたい」などとほざいてる日本人には成都での長期滞在はほとんど不可能に近いかもしれない。
さて、どのように頭を悩ますのかというと、やはり「油っぽい」の一言に尽きる。中華料理は幅が広く、奥が深いのは間違いのないことだと思う。しかし日本人にとって全てが油っぽい中華料理はどれもこれも同じような味に感じてしまうのだ。当の中国人にはわかりにくいだろうが、これは私一人の感覚ではなく、ほとんどの日本人が感じていることである。私は成都に在住している何人かの日本人に聞いてみたが、彼らは皆一様に、「中華料理は皆同じような味がする」と述べている。あまり大げさな解釈をしてほしくないが、とにかく中華料理はほとんど全部油っぽいのだ。
成都にも日本料理のお店は多くはないが、あるにはある。でも少ない。おそらく日本料理が食べれるお店は10軒ほどである。味も別に日本のものとそれほど変わらない(と私は感じているがほかの日本人がどのように思うかわからない)。だが高い。だいたい日本で食べるのとそれほど変わらない。二人で食べに行った場合、たいてい百元(千五百円)以上かかるであろう。貧乏留学生にとってはちょっときついであろう。中国人とほぼ同じ給料で生活している私にとっても一日分の給料を上回ってしまうのでやはりきつい。日本の給料をもらっているビジネスマンにとっては屁でもないだろうけど。
私がよく行く日本料理の店は大相撲という。カルフールの隣にある。回転寿司のお店である。だいたいここで二人で食事をすると二人で130元(1900円)ぐらいである。ちょっときつい。では一皿いくらするのか。このお店のお皿には値段で分けると4種類ある。5元(75円)、8元(120円)、10元(150円)、15元(225円)である。だいたい日本と同じぐらいであろう。私は日本の回転寿司には3,4回ぐらいしか行ったことがないのだが、まず基本的に一皿百円で、時々二百円や三百円の皿があったような気がする。しかしここは中国人の感覚で人民元で考えてみよう。久しぶりに大相撲ですしを食べる。うまい。どんどん皿を取ってどんどん食べる。ああおなかいっぱいもう食べれない。でもまだ残っている。一個ぐらい残そうかなと思ってしまう。しかし例えばそれが15元の皿で、二つのっているすしの一つであるとするとどういうことになるだろう。そこにのっているすしは7.5元することになる。7.5元、普通食堂で麺類を食べるときは3~6元ぐらいである。つまり麺類一食分よりも高い値段を捨ててしまうことになるのだ。何てもったいない。やはり食べなきゃと思って無理やり口に押し込む。中国ですしを食べると言うのはなんとも贅沢である。
西洋料理の店もあるにはあるが、やはりすくない。しかも高い。日本料理と同じぐらいか。普通の中華料理の何倍もする。しかもなんだか味がいまいちだったりする。
基本的に中国人は外国の料理を食べない。日本料理はともかく、イタリア料理とかもほとんど食べない。などと言うと中国人はすぐに反論して「最近は食べる人もいる」だの「上海には西洋料理や日本料理の店がたくさんある」などとほざく。これは中国人の悪いくせだ。平均的に見て中国人があまり外国の食事を口にしないのは間違いの無い事実である。あほなやつになると「マクドナルドとケンタッキーとピザハットにはよく行く」などとほざく。成都の人間が唯一食べる外国の食事、それはマックとケンタである。この二つだけは市内のあちこちにある。しかしマクドナルドぐらい世界中どこにでもある(ゾマホンによると西アフリカのベニン共和国にはないらしいが)。これを読んだ中国人はまた「ピザハットにも行く」などとほざく。ピザハットは現在私が知っている限りで総府街と春煕路にしかない。北京にはあっちゃこっちゃにあるらしいが。
さてさて普通の成都人はスパゲッティーを食べたこと無い。ここで思い出したのだが、西暦2000年の8月、友人である中国人留学生T君の妹が日本に留学に来ることになったので、T君と一緒に来るまで成田空港まで迎えに行ったことがある。迎えに行って、そのあとまた東京に戻ってとりあえず夜ご飯を食べることにして、ロイヤルホストに入った。T君は妹のためにスパゲッティーを注文した。そして運ばれてきた。だが彼女にとってそれは見たことも無い得体の知れない食べ物であったらしい。T君がその食べ方を説明する。それは私にとって日本で経験した数少ない中国人に対するカルチャーショックだった。日本に留学に来れるぐらいだからそんなに貧乏なはずはない。どう考えても平均以上の家庭である。すでに大学を卒業した22、3歳の女性がスパゲッティーを食べたこと無いなんて。家に帰ってから母にその話をしたが、母もその話をなかなか信じられなかった。
中国人の多くはスパゲッティーを食べたことが無いぐらいだから当然ながらシチュー、グラタン、ドリア、ステーキなんか食べたこと無い。カレーさえも食べたこと無い。日本語学科の学生に「ハンバーグを食べたことある?」と聞いたら、馬鹿にされたかのように苦笑いして「それはいくらなんでもありますよ」と答える。いやちょっと待って、きっと彼は誤解している。そのとき彼がイメージしているのはハンバーガーであってハンバーグではない。ハンバーグとハンバーガーは違いますよ、と言うとたいてい日本語学科の学生はびっくりするのである。まあとにかく中国人はハンバーグも食べたことがないのである。
それにしても、中国で、何人かの人間と食事をするときはほぼ例外なく中華料理である。ほんとに例外が無い。たまには西洋料理とか日本料理とか、なんてそんな発想は無い。中華料理といっても多種多彩でいろんなものがある。うさぎ、かえる、らくだ、豚の脳みそ、アヒルの腸、などなど。私はまだ犬を食べていない。犬を食べたいのだが今のところその機会が無い。うさぎはもはや珍しくない。まあ変なものばかりを挙げたが、肉料理、野菜料理、豆腐料理、麺類、鍋料理などなど種類豊富である。だが、さきほども言ったように日本人にはどうも同じような味に感じる。いやほんとはそれぞれ味が違うことぐらい冷静に考えればわかるのだが、とにかく油っぽいのだ。だから日本人には同じような味に感じる。これは日本人ならばほとんど同じように感じている。
NHK中国語会話のテキストで日本について紹介する文章の中に、日本料理について「油をあまり多く使わないのが特徴です」などという文章があった。おいちょっと待てよ。それは日本料理にそのような特徴があるのではなくて、中華料理に「油をたっぷり使う」という特徴があるだけだろ。こんなことを言うとまた中国人は「油っぽくっぽくないものもある」と反論する。全体を見ることができないのは中国人の悪いくせだ。その一方ですこしのことで全体を見渡しやすいのも中国人の悪いくせ、ある中国人はイギリス人留学生に「イギリスの食事って世界一まずいんでしょ」と言ってイギリス人からの怒りを買っていた。
そういえば中国で昔からよく言われる理想の生き方として「アメリカで仕事をし、イギリスの家に住み、日本人の奥さんをもらい、中華料理を食べる」と言うものがあるらしい。アメリカで仕事なかなか良さそうだ。アメリカは実力主義の社会。能力があれば認められてどんどん出世できる。イギリスの家、確かにイギリス人はいい家に住んでいるらしい。日本人の奥さん、まあいいとしよう。中華料理・・・・・・・・・・・・いやちょっと待てよ。これはちょっとおかしいぞ。どうしてか、よく考えてみよう。安定した生活のためには仕事はあまり変えないほうがいいかもしれない。家もそうだ。引っ越すのはめんどくさい。奥さんならなおさらそうだ。一生同じ人がいい。最近は何回も結婚した人をうらやましいと感じる人もいるらしいが、基本的に離婚とは悲劇である。しかし、中華料理を毎日一生食べ続けるのはどうだろう。いやだ、気持ち悪くなってはきそうだーーー。
この文章を読んで気分を悪くしないでくださいね。ただ私が言いたいのは文化が違うと、このような考え方もあると言いたいのです。でも、中国に長く滞在したいと思っている人でも現実に食事が合わなくて日本に帰ったしまう日本人の駐在員も多いと聞きました。
私自身、日本人として共感できる部分もあるし、ちょっと過激な意見と思うところもあります。
これを読むと私も中国で暮らしていけるかな~と心配になってきます。
中国人の皆さん、感想、ご意見あったら聞かせてください!
擬音語と擬態語
日本語では、さらに、母音を変えたり、子音を濁音にしたりして、擬態語の表現力が高められる。「タカタカ」「トコトコ」は、ともに歩く様子を示すが、「タカタカ」の方が「トコトコ」より大またで歩く感じがする。おなじ「ころがる」のでも、「ゴロゴロ」の方が「コロコロ」より、転がっているものが大きい印象を受ける。こう考えてみると、「さわぐ」とか「こわばる」という、擬態語とは一見関係なさそうな言葉まで、「ザワザワ」「ゴワゴワ」という擬態語と関係づけられてくる。
擬態語とは、ものの様子、状態を音によって感覚的に表現した言葉である。しかし、音に対する印象は言語によって異なるし、擬音語のようにもとになる音があるわけではないため、言語が違うと同じことをさす擬態語同士でもまるで似ていない。オランダの小学生に「ドキドキ」「ハタハタ」という言葉が何を示すかを選択肢を設けてきいたところ、心臓の鼓動が「ハタハタ」で、旗がはためく様子が「ドキドキ」だと答えた子が多かったという。そういえば、エディット・ピアフの歌うシャンソンに「パダムパダム」というのがあったが、これも心臓の鼓動を示している。
日本語なみに擬態語が多い言語に朝鮮語がある。しかし、その擬態語は日本人にはぴんと来ないことが多い。「メックン、メックン」「ワグル、ワグル」とは何のどんな様子を示しているのだろうか? 近い日本語をあげれば、前者は「ツルツル」、後者は「ウヨウヨ」(あるいは「ゾロゾロ」「ザワザワ」)である。禿頭は「メックン、メックン」と重ねて表現されるが、バナナの皮を踏んで「ツルッ」とすべったときは、「メックン!」だけである。「ワグル、ワグル」は、母音を変えて「ウォグル、ウォグル」ということもある。「タクタク」というと、こげついた鍋をたわしでこする様子などを示すが、「タ」を濃音(のどの締め付けをともなう音)にすると、高圧的に人にガミガミいう様子を示す。音の印象は違うが、音声を微妙に変えて微妙な意味の違いを示すところも日本語そっくりである。また、「コリダ」という接尾語をつけて「ワグルコリダ」となると「ひしめく」というような意味になるが、日本語の「イライラ」から「いら立つ」という言葉ができるのを連想させる。
こういった例をあげていくと、朝鮮語はやはり日本語と他人ではないのではないかという気がしてくるが、言葉の作り方は似ていても、基礎的な語彙が似ていないことは大きい。その意味で、すでに同じ語族だとして証明されている言語間の関係よりは関係が淡いことは認めざるをえない。しかし、他人の空似ともいいきれず、比較言語学の方法では証明できないほど古いところでどこかつながっているという可能性も否定できないのである。
日本語で「悩む」という動詞からできる形容詞は「悩ましい」だが、「恐る(→恐れる)からできるのは「恐らしい」ではなく、「恐ろしい」である。このように類似の母音を続けようとする傾向は朝鮮語にもあり、母音調和という、ただ、母音調和などは遠くトルコ語やフィンランド語などではもっとはっきりしており、日本語と朝鮮語だけの特徴ではない。しかし、擬態語のつくり方の細部にまでわたる類似や、「吾輩は猫である」の「は」に似た「ヌン」という助詞の存在などは、朝鮮語がとりわけ日本語と似た言語であるという印象を強めている。
擬態語があるのは、日本語や朝鮮語に限らない。中国語にも「逍遥(しょうよう)」や「徘徊(はいかい)」のような擬態語があるが、日本語や朝鮮語と違うのは、繰り返すにしてもちょっと音を変える点である。この点は英語も同様で、擬音語の例だが、時計の音を示すtick tackや鐘の音のding dongがある。英語の擬態語は、語頭の子音群に共通性がある。blというつづりは、blow(吹く、爆発する)blaze(かっと燃え上がる)blizzard(吹雪)blast(突風)「吹く」とか「膨張する」という感じの語が多く、squで始まる語には、squash(ぐしゃっとつぶれる。レモンスカッシュのスカッシュ)やsqueeze(搾り出す。スクイズ・バントのスクイズ)、ねずみの泣き声のsqueakなど、きしむような鋭い感じがある。日本語で「きねずみ」と呼ばれることもある「りす(栗鼠と書く漢語)」のsquirrelも関係があるかも知れない。ただ、中国語にせよ、英語にせよ、日本語や朝鮮語のように、同じ音を繰り返さないところが違っている。擬音語の場合は、言語が異なっても似ているところがあるが、擬態語の場合はまったく恣意的で似たところがない。
簡単?日本語能力テスト
日本人はなぜ、「愛してる」と言わないのか?
「愛す」は本来、一字漢語の「愛」に「す(する)」のついたサ変動詞であったが、今日では「愛しない」より「愛さない」という言い方のほうが一般的であるように、五段動詞化している。しかし、一方で、「愛す人」とは言わず「愛する人」というのだから、五段動詞化は完全ではない。このような例は「介する」「略する」など、ほかにもあるが、「愛す」の場合は、古くからその用例が見られ、ときに「あひす」という誤った表記が行われたほど、やまとことば化していた。
明治になると、「愛」には、loveやamourの訳語という、新たな意味が課せられた。しかし、「愛」だけでは、「かわいがる」という伝統的な意味との混乱を招きかねないので、「恋愛」という新語がわざわざ作られ大流行した。
「恋愛」は、「愛」とともに、「恋」とも訣別するために造られた言葉である。「恋愛」を売り込もうとする人々は、古くから和歌に詠まれた「恋」を肉欲のからんだ価値の低いものとして貶めようとした。確かに、「あひみてののちの心に比ぶれば昔はものを思はざりけり」というのは、「一夜をともにしてからそれ以前とは比較にならないほどあの人のことが忘れられなくなった」ということだから、こういう評価にもうなずけるところはあるし、何事も舶来上等と見なされた明治の雰囲気に照らせば無理もないと思うところは多い。しかし、一方で、和歌には、「忍ぶ恋」を詠んだものも非常に多い。「恋すてふわが名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひそめしか」と「忍ぶれど色に出でにけりわが恋はものや思ふと人の問ふまで」とは、同じく「忍ぶ恋」をテーマとして歌合せで優劣を争った歌であるし、「玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする」という歌もある。
明治の「恋愛」の伝道師たちが、「恋愛」の優れたところとして売り込んだのは、その精神性である。いわゆるプラトニック・ラブ(本来は男の同性愛のこと)である。「恋愛」は異性を遥かかなたに置くことによってこそ成立する。行為が伴わないのだから、おのずから精神的なものにならざるをえない。「忍ぶ恋」も十分に精神性の強いものだと思うのだが、「恋愛」がこれと違うのは、それに”I love you.”,”Je t’aime.”,”Ich liebe dich.”といった「告白」への道が開けていたことである。キリスト教文化圏では個人は神と対峙する。そこに司祭が中に入って罪の告白という道が開かれていた。そして、女性であるマリアが、しばしば神自身よりも告白の相手とされていた。そのようなことを考えれば、「恋愛」という思想には、キリスト教が浅からずからんでいることが分かる。
そう考えてみると、”日本人はなぜ「愛している」と言わないのか?”と問うのではなく、”ヨーロッパ人はなぜ「愛している」と言うのか?”と問うほうが自然のようにも思われてくる。
「恋愛」とは、ある一時期にヨーロッパにおいて成立した男女関係のあり方なのであって、決して普遍的なものではない。日本人にとって、「愛」とは何気ない言葉や仕種から感じ取ったり感じ取らせたりするものであって、そのまま口に出して言ったり言わせたりするのは「野暮(やぼ)」なのであり、「みっともないことをしたくない」という日本人の美意識に反するのである。
「恋愛」の伝道師たちの必死の努力にもかかわらず、近代日本において「恋愛」は定着することはできなかった。観念として熱っぽく語ることは許されても、それを実践に移すことは歓迎されなかった。「恋愛」は前途有為な若者をだめにする魔物として、「結核」「文学」「社会主義」と並び称されていた。そして、世間の圧力を押し切って恋愛を実践した若者たちの多くが挫折をしていった。この地球上に無数にいる異性のたった一人をかけがえのないものと感じる気持ちは誰にでも生じるものとは限らない。言い換えれば求めて得られるものではないのである。だからこそ、「ロミオとジュリエット」にせよ、近松の心中物にせよ、思いを阻むさまざまな条件を設定しないと恋愛ドラマはなかなか成立しない。
そして、現代の日本では、異性に関心を抱き、それを実践することへの世間の圧迫は、戦前よりはるかに緩やかなものとなっている。そのために、「恋愛」が成立する条件はむしろますます少なくなっているのではないだろうか? 文明の利器もさまざまに発達し、特定の異性への「愛着」はますます薄くなり、明治の先人の夢見た「恋愛」は、ますます遠い昔話になっているようだ。
参考文献:「言葉の散歩道」より
漢字の発音(呉音と漢音)
日本の小学校では、教育漢字といって、6年間に約1000字の漢字を教えることになっている。漢字の本場である中国では約3600字だという。中国の子供はたいへんだと思われそうだが、そうでもない。中国では、「楽」「易」など、ごく少数の例外を除いて、漢字の読み方は一字一種と決まっており、しかもその読み方が、彼らの話し言葉と同じだからである。
これに対して、日本語では、同じ漢字を幾通りにも読む。「生」の字を例にとれば、「せい」「しょう」「いきる」「うむ」「はえる」「なま」「き」があり、「相生(あいおい←おう)」や「桐生(きりゅう)」などという固有名詞まで含めれば大変な数になる。このうち、訓読みが多い理由はすぐ納得できる。訓読みとは、漢字の意味に大和言葉(やまとことば)をあてはめたものであり、いわば翻訳だからである。英語を訳すとき、同じ単語を場面によってさまざまに訳し分けるのと同じことである。しかし、中国の読み方をそのまま取り入れたはずの音読みがなぜ何種類もあるのだろうか? さっき中国では読み方が一字一種といったばかりではないかと思われよう。一言でいって、その違いは方言によるものであり、さらに発音というものは常に変化するので、時代の違いがこれに加わったものといっていいであろう。
広大な中国にはさまざまな方言があり、たがいに話が通じない。ヨーロッパなら別々の言語とされるほどの違いである。現代の中国語は北京語、上海語、福建語、広東語、客家(ハッカ)語の五つに大別されるが、それぞれがさらに細分化される。しかし、漢字で書けば意思は通じるので、漢民族はまさに漢字によって統一性を維持してきたといってよい。「上海人」と書いて「シャンハイレン」と読むのは北京語で、上海語では「ソンヘエニン」とよむ。日本でひところハワイのモデル、アグネス・ラムが一世を風靡したが、どことなく東洋的な風貌があることも日本での人気のもととなったと思われる。それもそのはずで、純中国系の父親は「林」という姓である。この姓は、北京語では「リン」と読むが、広東語では「ラム」とよむのである。在外華僑には広東語や福建語を話す人が多く、このように郷里の発音による名乗りを海外でも続けている例が多い。
なお、「三位一体」の「三位」は「さんみ」と読み、本来はsamと読むはずだが、北京語ではsanであり、mがnに合流している。しかし、広東語ではこの区別は残っており、朝鮮やベトナムの漢字音にも残っている。韓国の前の大統領は金泳三(キム・ヨンサム)といった。
さて、日本の音読みの主流は呉音と漢音である。「呉」とは、三国志の魏呉蜀でおなじみのように、長江の下流域をさす。一方「漢」とは、中国全体をさす。呉音と漢音という言い方は、なぜ、このように呼び分けるようになったのだろうか?
日本に最初に漢字を伝えたのは、百済の人であった。したがって、呉音の原型は当時の百済の漢字音である。百済は、朝鮮半島の南西部の黄海に面するところにあった国であり、中国の六朝時代に、当時文化の中心であった長江下流域とさかんに行き来をしていた。百済の漢字音も、当然この地域の言語をもとにしていた。これが「呉音」という名の由来である。ところが、中国が隋、ついで唐によって統一され、長安が都となると、文化の中心も長安(今の西安)になった。西安を地図で探してみると著しく西北に偏ったところにあることが分かる。広大な中国において、長江下流域とは言語が異なっていて当然である。
中国統一後、日本は遣隋使、遣唐使をさかんに送ったが、呉音を学んだ使節が中国にいってもさっぱり通じない。そこで、長安の発音を日本に持ちかえり、これが本当の中国の発音だという意味で漢音とよび、日本にひろめた。その結果、漢音は呉音以上に普及したが、呉音もすでにかなり定着していたので完全に駆逐することはできなかった。その結果、漢音と呉音が併存する状態が今日まで続くことになった。朝鮮やベトナムの漢字音にはこのようなことはない。
中国では同じ発音だった字が、日本ではある字は漢音で、ある字は呉音で読まれるために別々の読み方をするように感じられる例はほかにもある。「倫理」の「倫」と「論理」の「論」とはつくりが同じことからも同じ発音だったことが分かる。「己」という字は「知己」を除いて、呉音で「コ」と読まれるが、「記」「紀」「忌」など、この字を含む字は漢音で「キ」と読むのがふつうである。「言」の字は漢音で「ゲン」、「語」の字は呉音で「ゴ」と読むのがふつうだが、漢音でそろえるなら「ゲンギョ」、呉音なら「ゴンゴ」と読むべきであり、「ゲンゴ」などと読むのは、本来は言語道断である。また、呉音は、仏教とともに日本に入ってきた経緯から、「成就」「人間」「輪廻転生」のように仏教用語に多い。
日本で音読みが幾通りもあるのは、ほとんどが漢音と呉音のちがいだが、そのほか、鎌倉以降に入ってきた唐音というものもある。唐といっても、宋以後の発音であり、「椅子」の「ス」、「行燈」の「アンドン」など、現代の北京語に似ている。「邪馬台国」は「ヤマタイ」と呼び習わされているが、これは呉音よりさらに古い上古音に基づいて「ヤマト」と読むべきである。さらに読み方が後世に日本で独自に変形したり、読み間違えられたりして生じた慣用音というものもある。「輸」(本来「シュ」と読む)などがその例である。
さて、ここまで読んでこられた読者の方はどれだけ今までの漢字を正確に読むことが出来たかな?